日本語

日本語はとても表現力豊かな言語だと思います。

 

 

僕は日本語を母語とし、中国語、英語をそれなりに話すことができます。

 

 

それなりってどれなりでしょうね。

日本語って不思議です。

 

他の言語がまだその段階を迎えていないっていうのもあるかもしれませんが、絶妙なことも日本語ではたくさんの言い方があるのではないでしょうか。

 

普段その曖昧な言葉を使ったりしているため、外国人と日本語で話すのには適任ではないです。

よく、え?どういう意味?って。

 

聞かれても答えられません。

言語ってたった20年でここまでの段階まで上り詰められるのでしょうか。

母語だからここまでの段階になるのでしょうか。

僕の脳みそがおかしいのでしょうか。

 

 

“きっと僕の脳みそがおかしいのには違いありません。”

 

この文章、きっと外国語として日本語を勉強している人はこんな文を書きません。

でも、日本語母語話者である僕が書く文章だから間違っている文ではありません。

 

僕の日本語はちょっと特殊かもしれませんが、日本語であることに間違いありません。

 

 

日本語の表現力は測り知りえません。

たかが4文字、されど4文字

漢字は本当に素晴らしい文字である。

 

 

“四面楚歌”

たかが4文字。

だが、この4文字の中に物語が刻まれているのは誰もが知っている事だろう。

 

これを器用に扱う中国人は本当に素晴らしい。

小学生の子どもですら使いこなすのだから。

 

 

日本人はこういった漢字の素晴らしさを忘れているのでは、知らないのではないだろうか。

そもそも最近の日本人は素直に漢字を使わなかったりもする。

 

もっと気づくべきではないのか。

もっと知るべきではないのか。

 

 

これだけ種類が豊富で日常的に使われている漢字をもっと大事にするべきであろう。

逆算

5+7=の答えは12しかない。
しかし、
12=の答えは無限にある。
 
 
なぞなぞ。
答えがわかって、あーーってなる。
が、答えがわかってもあーーってならないこともある。
 
また、答えを聞いてから逆に考えるのもおもしろい。
 
 
 
こうして私は人生を少しずつ逆算している。
また、逆算するときに何かの要素を加えることで少し道が限定されてくる。
例えば、
12=3+とすると、数字上では選択しは無限のままであるが、
-禁止などを加えると、選択肢が減ることには間違えない。
 
この時期大学4年生は就活をしている人がほとんどだ。
みんな将来に向けて目標を立てている。
 
私もまだ就活はしないが将来を考えたことがある。
が、膨大すぎてなかなか決まらなかった。
 
その時に逆算してみたら、わりとすっきり決まった。
意外といい方法だと思っている。
 
 
また、他のことにも応用できることではないだろうか。
ぜひ、行き詰った時に試してほしい。

広く浅く、狭く深く

大きくこの2つに分けることができる。

もちろん広く深くが1番の理想ではあるが

実現している人は果たしてこの世にいるのだろうか。

 

 

どちらがいいか。

どちらでもいい。

どちらもいい。

 

 

これは全てのことにはめることができるのではないだろうか。

 

私は“基本的”に「狭く深く」がいい。

 

どちらを選ぶかは個人の自由であり、

自分の意見をペラペラ言うつもりはない。

 

 

ただ、一概に言えるのは、

どちらも長所と短所があることだ。

 

こんなの言わなくても分かっている人がほとんどだ。

 

 

 

あなたはどちらを選びますか。

何かをしたい

今猛烈に何かをしたい。

 

と思いブログを開いて見たけど、

何も思いつかない。

 

 

勉強はしたくない。

かといって本を読みたいわけでもない。

外は真っ暗だ。

 

頭は少しも働かない。

 

 

“無”

 

 

こういう時何をすべきなのか。

 

眠くもない。

ベッドでケータイをいじりたわけでもない。

お腹も減ってない。

 

全てを否定的な目で見ている。

 

 

“空”

 

さあ、何をしようか。

中国のお盆と日本のお盆

ご飯食べる時のお盆

 

飲食店でバイトをやったことがある人ならわかるだろう。

多少洗わなくてもいいや。って。

基本、チキンの骨なども皿の上に綺麗にまとめられている。

 

日本人は、食器を運ぶための道具としてみている。

 

 

日本海を渡れば違う。

中国を見てみよう。

 

飲食店でバイトをするなら、絶対お盆を洗わざるを得ない。

基本、チキンの骨などはお盆に散らかって置かれている。

置かれているというより、散りばめられているの方が適切か。

 

中国人は皿を置く皿のような感覚で見ている。

 

 

 

中国人旅行客を見て、

なんで中国人はこんなに食べ方が汚いのって言う人。

見ている世界が狭すぎる。

 

 

これは中国の文化だ。

こう言う文化を国外だからって潰してはならないと思う。

 

中国人は中国人。

こうやって生きてきたんだ。

なぜ自分なのか。

物事の焦点は決して1つとは限らない。

むしろ、1つのものはごくわずか、もしくはない。

 

 

「なぜ、様々な人がいる中で自分、あなたが選ばれたのか。」

 

自分よりこの分野に長けている人は山ほどいる。

自分より英語が出来る人は山ほどいる。

自分よりこの両方とも長けている人もいる。

 

 

じゃあ、なぜ自分なのか。

それは自分であるから。

 

全ての能力値を上回る人がいても、

全ての能力値が一致することはないだろう。

 

だから自分が選ばれる。